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無難に働く

我々が子供のころ、「将来こんな人になりたいな」とか、「こんなことを研究してみたいな」とか、「あんなものやこんなものに乗れる人になりたいな」などと色々思いふけったものです。さすがに何もせずのんべんダラリと過ごしていると確かに夢は向こうからはやってきてくれないものであり、あれやこれやと親から「勉強しなさい!」「いい高校行っていい大学に行っていいところに務めなさい!」と尻を叩かれたものです。 さて、何を言いたいのかというと、昨今の子供たちははたして我々がかつて幼かったころに考えいたような夢の実現に向けての努力奮闘をしているのかどうかということです。言い換えると、そういった状況にちゃんと身を置くことができているのかということです。

なぜこのように思うのかというと、それはあまりにも人生の縮図が事前にわかってしまい、無難に過ごすためのレールを親や社会が敷いてしまっているように感じられるからです。無難な過ごし方とは一体何なのでしょうか。私は、危険が無く、周りと同調し、できるだけ周りと同じような生き方をしていくという教えが蔓延しているのではないかと考えております。我々が子供のころは人と違って当たり前であり、個性も有って当たり前、困っていれば助けて当たり前、もちろんその逆もあるという観点から、人は多種多様集まりであり、その集団で助け合いながら、相互で成長していくことこそが人道、いわゆる道徳として生きてきました。しかし今はどうでしょうか。事なかれ主義とでも言うのか、様々な局面でそういった風潮が感じられて仕方ありません。「頑張って〇〇ちゃんと同じ学校に行くのよ!」「皆大学に行くからあなたも大学に行くのよ!」「今の時代大学を出ないといい職にはつけないよ!」などといった情報がかなり早くに頭に刷り込まれてしまうことで、子供の本来の意思や夢が早期に薄らいでしまってしまっているのではないかと危惧しております。

確かにその教えの元でかなえられる将来の夢もあるのかもしれません。しかしその教えによって早くに潰えてしまった本人の夢もあるのではないかと十分に考えられるのです。我々の時も少なからずともそういうことはありました。一つに、バイク買取の仕事に就いていた40歳の時に、「やっぱり今から国際線のパイロットになりたい!」と願ったところでもう遅いのです。パイロットになるのなら航空大学校、もしくは大手航空会社に入社しそこでかなりのスキルの求められる試験に合格していかねばまず無理でしょう。そのための努力はいつするべきだったのでしょうか。それはもっと早い段階だったのかもしれません。このように人生の途中でもう追うことのできない夢も確かに存在するのです。

しかし、今の子供たちを見る限りそういうことよりも、無難に、とにかく無難に名の通った学校を出て名の通った会社に勤めることこそがステータスのような教えを早くに教え込まれているように感じます。このままでは極端に頭の偏った人間が世に増えてしまうのではないのではないかと懸念を抱きます。

大学を卒業してきた新入社員の半数近くが夏を待たずに辞職しているというデータもよく目にします。これは、ついこの間まで大学生として生活し、4月を境に社会人となったとたんに、学生時代とのギャップに耐えられなくなってしまう、そういった甘えの一面もあるのかもしれません。しかし、私は、社会に出た途端に自分を見失ってしまうからではないのかはないかと考えております。そうなってしまう理由は、やはり自らの意思で、今までを生きることができていないからなのではないでしょうか。

若いころは「何度でもやり直せる!」と周りはよく言いますが、やり直しかたもわからない若者は実は多いのかもしれません。そうならないためにも、幼いころから世の中の成り立ち方、世界はどういった仕事や人で成り立っているのか。またそういった人、職がなくてはならない重要な意味や魅力といったことを肌身に感じさせること、その上でこの職業に就きたいならばこういう道がよいなど、順序を立てて教えていく必要があるのではないかと考えております。無難な生き方、無難に生きていくことの意味、無難が標準とされる考え方は子供にはまだ早すぎるのではないのでしょうか。

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